石垣山城遺址―歴史雑感〔73〕―

 2022年4月2日(土)ごぜん、石橋山城遺址を公園化した石橋山一夜城歴史公園を訪れました。よく知られてるように石垣山城は天正18年(1590)の豊臣秀吉の後北条氏小田原城攻めの際に築かれました。山の木を一斉に切り払って、一夜で城が完成したように見せたとの伝説を生み、「石垣山一夜城」とも称せられています。土日(祝日)は小田原宿観光回遊バス「うめまる号」が運行され、小田原駅東口・一夜城歴史公園間を1時間に1本程度で循環します。運賃は乗り降り自由で500円です。徒歩だとJR早川駅から約2.3km(標高差約200m)です。

 写真1は、城入口前に立つ「石橋山城」案内板です。

 写真2は、東登城口旧城路です。本丸への正面道となります。

 写真3は、南曲輪を経て本丸に至る虎口です。現在は石垣が崩れ歩行困難となっています。

 虎口前で路を右に取り、東曲輪の下を通ると、写真4の、二の丸(馬屋曲輪)です。左奥が本丸です。

 写真5は、二の丸から奥に本丸を見たものです。

 写真6は、東から西へと二の丸と撮ったものです。左のところが本丸北門への虎口となっています。上がり左に折れます。右の高まったところは櫓台です。

 二の丸から西へと本丸下を通り、案内板に従い左に下ると、写真7の、南曲輪です。

 写真8は、南曲輪の虎口です。写真3に続くものです。

 路を戻りさらに西に行くと、写真9の、西曲輪です。

 写真10は、西曲輪からの本丸天守台です。

 写真11は、西曲輪から本丸です。

 写真12は、本丸東門への上りです。ここからは見えませんが右への折の虎口となっています。

 写真13は、本丸から下に二の丸を経て小田原市街を遠望したものです。

 写真14は、天守台です。本丸南西隅に位置します。

 写真15は、天守台上からの本丸です。

 写真16は、東門脇の物見台です。

 写真17は、北門の虎口です。左に折れていて北門に至ります。

 写真18は、二の丸から北門への虎口です。

 写真19は、北門虎口を二の丸から撮ったものです。

 写真20は、二の丸を北へと撮ったものです。

 写真21は、二の丸からの本丸です。

 写真22は、二の丸北側の櫓台です。

 写真23は、二の丸北端の腰曲輪から見た井戸曲輪です。

 写真24は、井戸曲輪に下り、井戸を撮ったものです。

 写真25は、腰曲輪北端の展望台からの箱根連山です。

 最後の写真26は、腰曲輪から二の丸櫓台で、そこから井戸曲輪と三ノ丸に下る虎口があります。

(2022.04.08)

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About kanazawa45

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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