夏休み帰国

 本日、夏休みで帰国します。

今回は久しぶりのCA421です。

8月30日に戻る予定です。

(2012.07.13)

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成都市金牛区公共貸し出し自転車―成都雑感〔131〕―

 中国の幾つかの都市では公共貸し出し自転車サービス(公共自行車服務)が行われています。ここ成都市でも行われており、私の住んでいる金牛区でも2年前から行われています。16~65歳が対象で、区戸籍者は押金(デポジット)100元、他は300元で、居民証(中国国民身分証)とコーピーを提示して、所定の手続きをすれば、利用ICカードがえられます。ICカードは100点分で、0~2時間1点(但し、日2回まで)、2~4時間10点、4~12時間30点、12~24時間50点、24時間超100点となっており、短時間のちょっとした利用を想定しています。

 写真1は、西南交通大学北門の西側付近に設置された公共貸し出し自転車案内板です。この案内板の歩道側に自転車が並べて置かれています。金牛区の自転車は上海永久自行車有限公司制で、案内板左に描かれた自転車が使用自転車で、案内板にはご覧のように同社の名前が入っており、広告の役割を果たしています。何しろ成都市は中国の大都市中で自転車利用が最も高いところですから(現在は電動自転車が過半ですが)。

 写真2は、自転車の設置の様子です。なお、北門両側には飲食店を中心に店が並んでおり、手前側(門の西側)は主に小吃店、奥側(門の東側)は各種の中国料理レストランがあり、学生たち御用達となっています。

 写真3は、保持されている自転車です。右側のチェン柱の円内にカードをタッチすることで解錠と施錠ができます。上部のディスプレーには利用残り点数が表示されます。

(2012.07.08)

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成都ファミリーマート青羊東一路店―成都雑感〔130〕―

 2012年6月25日(月)、成都市にファミリーマート(全家便利店)がお目見えしました。昨年のセブンイレブンに次ぐ二番目の日系コンビニです。成都福満家便利有限公司傘下に青華路店(青華路2号附22号)、董家湾北街店(董家湾北街2号附214・215号)、青羊東一路店(一環路西三段10号)の3店をまずオープンしました。現地法人としては上海・広州・蘇州・杭州に続く5地域目です。24時間営業。品揃えとしては、おむすび・サンドイッチ・弁当などの中食、おでん・中華まんなどのファーストフード、飲料・酒類、菓子類、文具品、日用品などです。

 西南交通大学から一番近い(といっても市内バスの乗り継ぎの要がありますが)、青羊東一路店を雨が止んだので、本日(28日)覗いてみました。市内西部地区の一環路西三段と青羊東一路の角(北東)に位置します(最寄りのバス停は撫琴小区)。写真1は、店外観です。奥の道が青羊東一路です。開店早々なので、開店祝いの花輪が入口左右にあります。店の右側には少しの空きスペースがあり、自転車などが駐車できます。

 写真2は、弁当・おむすび類などの棚です。残念なことに、セブンイレブンと異なり、暖かな包飯がなく、弁当は電子レンジで温めることになります。

 写真3は、奥から入口へと撮ったものです。入口横には、ご覧のように食事スペースが設けられています。この時は昼時間の中学生たちが食事中でした。また、左側はワインが見えるように酒コーナーです。

 写真4は、ファーストフードコーナーで、中央が各種の中華まんです。

 最後の写真5は、文具棚とレジカウンターです。

(2012.06.28)

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2012年西南交通大学日本語学科卒業答弁会―成都雑感〔129〕―

 012年6月14・15日(木金)の両日午前に、西南交通大学日本語学科答弁会を行いました。参加4年生は39人です。以下に、卒業論文題目を示します。なお、※は私の指導担当した学生(4人)です。

〔言語類〕11編

日本アニメ作品における擬音語と擬態語の研究

原因、理由を表す格助詞「に」と「で」

「東京ラブストーリー」から日本語の主語省略表現をみる

中日連体修飾についての対照研究

日本語の曖昧表現についての研究

日本人の恩恵意識の表現についての研究

日本語における思いやりの表現について―ポライトネスの原理によって分析―

日本語の敬語の誤用例分析※

KY式日本語についての研究

現代中国語における日本語借用語に関する一考察

漢語中の日系借用語についての研究

〔翻訳類〕1編

『伊豆の踊子』の中国語訳本の比較―翻訳技法を中心に―

〔日本文学類〕3編

「五山漢詩」の発展と特徴について

『奥のほそ道』から松尾芭蕉の「侘び」意識をたずねる

矛盾の美―谷川俊太郎の詩歌翻訳と研究―

〔日本文化類〕24編

「裁判を受ける権利」に見る日本人の訴訟意識―「隣人訴訟」を巡って―

儒教思想が日本型経営に与えた影響

日本の高齢者の社会孤立問題の研究―中国社会への啓示を論ずる―

中日高齢化とその対策との比較についての研究

共働き家庭のおける中日比較※

沈黙の少数と手を拱く大多数

恋愛結婚観についての中日比較

日本人の災害意識と防災対策および中国への啓発

中日における公益広告についての比較

日本の学校におけるいじめ問題※

福沢諭吉の民族主義的女子教育思想について―新女大学主義をめぐって―

文学作品に基づく中日死生観の比較研究

中日間の道徳観の構成の相違―中国の「仁」と日本の「」

日本文学の特徴から見た日本人の性格

日本の伝統料理の発展※

酒文化についての中日比較

着物からみた日本人の美意識

文学作品からみた日本の温泉文化

歌舞伎と京劇の比較研究

日本の純愛映画についての研究

日本アニメの美学価値について―「千年女優」をめぐって―

宮崎駿のアニメについての研究

日本のアニメーションの精神内包について

徳川家康の隠忍についての研究

(2012.06.16)

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交桂巷農貿市場―成都雑感〔128〕―

 西南大学周辺には四つほどの自由市場(農貿市場)があります。ここで、よく利用している交桂巷農貿市場の様子を写真でお見せします(2012年6月9日土曜休日の午前)。本市場は北門から5分ほどの所にあり、交桂二巷の道の両側に店が並んでいます。回りはマンション団地で、近くにウォルマートがあります。

 写真1は、南側の市場入口付近からです。

 写真2は、蔬菜(野菜)店です。この一角には何軒かの蔬菜店が並んでいます。

 写真3は、豆腐店で、豆腐とその加工食品、モヤシなどを扱っています。普通の豆腐は日本の木綿豆腐より固いです(下段中央のは柔らかめのものです)。塊を切り分けます。右下の緑はカイワレです。

 写真4は、左から肉店(豚肉)・鶏肉店・魚店です。魚は生け簀に入れて販売しています。もちろん四川産の川魚です。肉店(鶏肉店)には現在では冷蔵設備があり、冷蔵ケース入りで販売する店もあります。鶏肉店では季節により兎や野鳥を扱います。

 写真5は、牛肉店です。黄牛肉という種類です。

 写真6は、市場の中頃から北へ撮ったものです。唐辛子などの香辛料、雑貨を扱う店などもあります。後方に見える床上用具とは寝具類を扱う店です。

 写真7は、卵・穀類・調味料店です。卵店はこの3種を扱うのが普通です。米などの穀類はこの店の場合奥にあります。

 写真8は、麺類店で、生麵・乾燥麵の他、餃子・抄手(ワンタン)などの皮も扱います。

 写真9は、烤鴨店で、鴨の丸焼きなどの炉焼き食品や、冒菜という副食品(おつまみ)を扱っています。手前に見えるのが冒菜です。

 最後の写真10は、市場北口にある水果(果物)店です。右側の紫色はサクランボで今が盛りです。また,女性の左足もとに見えるのが桃です。いずれも成都近郊で収穫されるものです。特に四川省は桃の名産地で、空港の果物屋には土産用の箱入りが並べられます。奥の西瓜やバナナは南方地方のものです。福建省産の茘枝も出はじめした。

(2012.06.09)

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成都東站汽車客運站―成都雑感〔127〕―

 2011年5月8日に開業した、将来の成都市の中心駅になる成都東站東広場の南隣にはバスターミナルが建設され、その秋に運営を開始しました。当初は成都市管轄の郊外区・市・県への路線のみでした。2012年4月29日のメーデー3連休初日に長距離2路線が開通しました。将来(本年秋に予定されている地下鉄2号線開業)、東のバスターミナルである成都汽車總站(五桂橋站)の路線を中心に本站に移り、本站は成都市の中心バスターミナルとなるでしょう。

現在の路線時刻表は次の通りです。

龍泉(18km 4元) 8時~18時(2時間毎)

双流(31km 9元) 7時半~18時半(30分毎)

新津(53km 12元) 8時10分、9時、9時半、10時、10時半、11時、11時40分、12時20分、13時、13時50分、14時半、15時10分、15時55分、16時35分、17時20分、18時、18時半、19時

蒲江 10時半、16時半

邛崍(124km 29元) 9時半、11時半、15時、17時、18時40分

大邑(81km 19元) 9時40分、11時40分、15時、17時

祟州(66km 16元) 9時半、11時半、14時半、16時半

温江(52km 13元) 8時半~19時半(1時間毎)

郫県(52km 13元) 9時半、11時半、13時半、15時半

都江堰(86km 20元) 16時10分

彭州(60km 15元) 10時、11時、15時半、16時半

新都(29km 8元) 10時、11時、14時半、17時

青白江(40km 9元) 9時、11時、13時、15時、17時、19時半

金堂(72km 16元) 9時50分、11時40分、15時30分、17時

西昌(449km 196元) 9時、10時半、12時、13時30分

攀枝花(651km 236元) 9時、11時

 但し、運行されていないこともありますから、確認が必要です。

 写真1は、東広場側から見たバスターミナル全景です。右側1階に售票処(切符売り場)があります。また、地下通路で鉄道駅とバスターミナルは繋がっています。

 写真2は、售票処で窓口は26号までありますが、現在は利用者が少ないので9~12号だけ開いていました。上部の電光掲示板には本日運行されているバス時刻表で、運行距離・運賃・使用バス型・空席数が表示されます。

 写真3は、待合室への安全検査口です。このように、中国の長距離バスでは荷物の安全検査は必須です。

 最後の写真4は、バスターミナル側から見た成都東站の東広場と駅舎です。中央左側が售票処入口です。なお、到着バス降り場は地下で、地下通路で鉄道駅・市内バス乗り場へ行けます。

(2012.05.13)

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成都旅游客運中心(新南門)のバス時刻表―成都雑感〔126〕

 本日は労働節(メーデー)3連休の最終日、観光地、とりわけ都市近郊観光地は賑わっているでしょう。そこで、成都市内に幾つかある長距離バスターミナルで、最も観光地への路線の多い「成都旅游客運中心(新南門)」に掲示(2012年5月現在)されているバス時刻表を記すことで、四川省観光の一助としたいと思います。但し、掲示には行き先と時間のみ記していて、運賃・走行距離・所要時間はありません。

〔成都地区〕

都江堰青城前山  7時40分~14時(随時) 20元 116km 1.5時間

広漢三星堆  8時30分 14元57km1時間

洛帯古鎮  7時40分~18時30分(随時) 6.5元 28km 1時間

龍泉(桃花景園)  7時30分~18時30分(随時)

黄龍溪古鎮  8時10分~16時30分(随時) 5元 46km 1時間

新津高速(老君山)  7時30分~19時(随時) 15元 47km 1時間

蒲江(朝暘湖)  7時50分~19時10分(40分毎) 25元 90km 1.5時間

石象湖  8時30分、9時50分 28元 95km 1.5時間

成佳  10時20分、12時、15時50分、17時10分 29元 106km 2時間

平楽古鎮(経成温邛)  8時20分、8時50分、9時20分、9時50分、10時30分、16時、17時15分 25元 100km 2時間

邛崍(白鶴山)  8時30分~17時50分(随時) 16元 85km 2時間

天台山  8時、8時30分、9時、9時30分 29元 134km 2.5時間

西岭雪山  暫時運行停止(冬季のみ) 31元 125km 2時間

〔楽山地区〕

楽山(大仏)  7時20分~19時35分(20分毎) 45元 154km 2時間

蛾眉(峨眉山)  7時20分~19時20分(20分毎) 42元 180km 2時間

沙湾(郭沫若故居)  9時40分、11時30分、14時50分、16時10分、17時30分 49元 181km 3時間

夾江(千仏岩)  7時50分~18時20分(35分毎) 40元 140km 2時間

〔眉山地区〕

眉山(三蘇祠)  7時13分~19時(随時) 28元 84km 1.5時間

彭山(仙女山)  7時30分~19時(20分毎) 22元 69km 1時間

青龍(香山溶洞)  8時30分~18時50分(60分毎) 16元 57km 1時間

青神(中岩寺)  8時30分~17時(60分毎) 32元 113km 2時間

丹棱(九龍山)  11時、15時50分 32元 119km 1.5時間

洪雅(槽漁灘)  7時40分~17時40分(40分毎) 39元 141km 2時間

〔雅安地区〕

雅安碧峰峡  7時30分~19時30分(35分毎) 45元 168km 2.5時間

名山(蒙頂山)  8時~18時50分(60分毎) 42元 136km 2時間

〔甘孜地区〕

海螺溝  9時30分 119元 345km 7時間

瀘定(瀘定橋)  10時、12時 104元 318km 5.5時間

甘孜九龍(伍須湖)  6時40分 183元 620km 12時間

康定(跑写山)  8時~14時10分(随時) 129元 368km 7時間

巴塘(措普寺)  10時 246元 852km 24時間(2日)

道孚  6時30分 170元 591km 24時間(2日)

雅江(八角楼)  7時、8時 151元 518km 12時間

稲城(亜丁)  10時 237元 804km 24時間(2日)

甘孜(大金寺)  10時 218元 756km 24時間(2日)

〔阿壩地区〕

九寨溝  8時 141元 530km 10時間

〔その他〕

九支(大瀑布)  14時50分 99元 371km 6.5時間

合江(仏宝)  10時30分、12時50分 107元 347km 7時間

蜀南竹海  9時20分、15時30分 101元 392km 6時間

〔省外〕

合川(釣魚城)  8時30分、14時30分 66元 303km 6時間

合川中心站 14時40分 83元 368km 6時間

貴州赤水(濾州経由)  8時50分、13時50分、17時 100元 377km 6時間

雲南麗江  12時(寝台) 280元 1050km 24時間(2日)

雲南景洪(西双納南)  12時30分(寝台) 432元 1439km 20時間(2日)

広西北海  15時(寝台) 400元 1652km 24時間(2日)

 括弧内は観光地です。切符の販売は乗車日の7日前からです。最後に、新南門の南隣の新南路にセブン・イレブンが開店しました。小粒の規模ですが、中国系コンビニにない、弁当・サンドイッチ・おにぎり(具には四川系の辣味もあります)・肉まんなどがあります。

(2012.05.01)

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西南交通大学犀浦校区の教室―成都雑感〔125〕―

 今回は、西南交通大学の犀浦校区(現在は学部生の講義・実験は本キャンパス。旧キャンパスの九里堤校区は大学院生)で今学期に使用している教室を紹介します。写真1・2は、普通教室です。約100人余収容です。ご覧のように、教卓にはコンピューター(DVD機も)が設置され、プロジェクターとマイクも設置されています。スクリーンを見るため、窓には遮蔽カーテンが設置されています。以上の設備は基本的にすべての教室に設置されています。このため、多くの教師がパワーポイントでの映写により講義を行い、あまり黒板を使用しなくなっています。

 写真3・4は、外国語学院のLL教室です。60人程度収容です。学生席にはブラウン管モニターとキーボードが設置され、教卓にはコンピュータとDVD機・カセットレコーダー・オーバーヘッドプロジェクター・マイク付きヘッドフォンが設置され、コンピュータですべての管理・操作が出来ます。なお、LL教室のみご覧のようにエアコンが設置されています。

 以上の教室の他、大型の階段教室もあり、これにも普通教室と同じ設備があります。

(2012.04.26)

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西南交通大学九里堤校区の春の花々―成都雑感〔124〕―

 暖かさが来るのが遅れた成都も、ようやく程よい暖かさとなり、春爛漫です。大学のキャンパスのところどころには春の花が姿を見せています。これを撮影順に11点お見せします。ただ、植物に疎いので、花種は勘弁を。なお、撮影機材はペンタックスK-7、DA17-70、DA55-300で、3月下旬から4月上旬に撮影したものです。

フォトアルバム「西南交大九里堤校区の春の花々」 は西南交大九里堤校区の春の花々」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpk0EJ7e5z4e9q9Gpgです。

(2012.04.12)

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安仁有軌電車(路面電車)―成都雑感〔123〕―

 2012年4月5日(木)に行った大邑県安仁鎮にはレトロな有軌電車(路面電車)が運行されています。大邑劉氏庄園を参観後に乗車したので、これを紹介します。2011年月春節(2月)に開通した有軌電車は、有軌電車總站(劉氏庄園・老公館)と游客中心站(老街・樹人街)との1.8kmを結んで、途中、新公館站(安仁民俗館)・劉湘公館站・安仁老街站・民国風情站の4停留場が設けられています。運行時間は9時~17時30分(土日は8時30分~18時)です。所要時間は約20分です。運賃は片道10元です。運行間隔は乗客があり次第で随時です(私が乗車したときは私のみで、駅舎内で係員に乗車したい旨を伝えると、10分ほど待ってくれと言われ、駅舎外のベンチで待機して乗車しました)。なお、南側に延伸して全長5kmの環状線として完成させる計画となっています。

 写真1は、有軌電車總站駅舎です。右側に見えるのが電車です。老公館の西に駅舎は位置しています。

 写真2は、側面から見た電車全景です。杭州俊士鉄路設備有限公司製造で、最高時速20km、車長9.7m・車幅2.2m・車内高2.2m、座席数34、定員90人です。車内は不燃処理をした木材が基本となっています。写真に見るように、ボディー横下部は1930年代の上海市での広告塗装仕様となっています。これには女性関係のが多く、もちろん繁体字表記で縦書き(横書き見出しは右から)となっています。現在車輌は「文博號」と「安仁號」との2両があり、正面の行き先表示には「中國博物館小鎭」とあります。なお、左側が進行方向で、先に車庫があり、車輌1両(安仁號)入っていました。

 写真3は、車内風景で、ご覧のように木材仕様であることがお分かりでしょう。座席には薄いクッションをひいてあります。もちろんエアコンなどの設備はありません。レトロなものですから。

 写真4は、中心街を走行中の車内から前方を撮ったものです。黄色のラインは電車の走行幅線で自動車などに注意を促すものですが、電車が走ることはあまりないので、停車中の車などはこれに注意せずに停まっており、電車はしばしば停止して、運転士は警笛を鳴らして移動を促すことになります。なお、運転士はレトロな制服(黒色)がありますが、今回はそうではありませんでした。なお、車掌は女性でこれにも制服があります。

 写真5は、終点の旅客中心站での電車です。左側が延伸予定です。

 最後の写真6は、安仁有軌電車車票(切符)です。ご覧のように繁体字表記で、横書きは右側からです。

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フォトアルバム「成都(大邑県)・安仁鎮路面電車」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkrjmdx6FBqT9f91gです。

(20012.04.08)

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大邑劉氏庄園―成都雑感〔122〕―

 2012年4月5日(木)、成都市の西南西42kmに位置する、2009年に国家文物局から「中国博物館小鎮」の称をえている大邑県安仁鎮の大邑劉氏庄園に行ってきました。そこでこれを紹介します。大邑劉氏庄園は、1932年、大地主の劉文彩(1887~1949年)が建てた居園で、その後の増改築で、庄園面積7万余㎡、建築面積2万1055㎡、南北200mを隔てて南の老公館(劉文彩公館)と北の新公館(弟の劉文輝公館、現川西民俗館)の建築群があります。中華民国時代を代表する大地主の居園として著名で、四川省の地主居園建築の典型としてよく保存されて、1966年に全国重点文物保護単位に指定されています。老公館の所は大邑劉氏庄園博物館(老公館)・庄園珍品書画館・劉氏祖居・劉文淵(文彩長兄)公館(非公開)の4部に分かれています。開館時間は9時~17時半(入場は17時まで)、入場料は50元(大邑劉氏庄園博物館〔老公館〕・庄園珍品書画館・劉氏祖居)・20元(劉文輝旧居陳列館・新公館)・70元(共通)で、60才以上は半額、70才以上は無料です。

 成都市からは、金沙車站から安仁鎮行(往路16元・復路15元、6時50分~19時10分・30分毎、所要時間1時間余・65km)で、鎮中心の西にある安仁客運站下車後、道路(迎賓大道)を100mほど戻った道路対面の安仁車站から大邑県の11路バス(黄色)で10番目の建川博物館站下車(1.5元。一つ手前が劉氏庄園站)、道路(迎賓大道)対面の牌坊の道を北に200mほど行ったところで、道を右(東)に入ると、庄園前の広場です。帰路の金沙車站行は6時半~17時10分で、15元です。なお、石羊場車站行(大邑県から)もあります。

 写真1は、老公館大門、すなわち大邑劉氏庄園博物館入口です。

 大門を入ったところが大庁で、右側が客をもてなすところの客庁で、中国式と西洋式の客接待室が客庁を夾んで設けられています。写真2は、その客庁です。左側には管事居室(執事居室)・帳房(帳場)があります。

 奥に進み、右手へと向かうと家族の居住区になります。庭園である内花園が広がり、その一角に桂香庁があります。これは主人である劉文彩の休閑室で家族ともくつろぐ部屋です。庁の奥には書房があります。庁の建物の右手には家族の居住する、内院の建物があります。1932年に建てられた内院は四川式の四合院造りの典型で、入ると左手の建物(西側)が主棟で、手前に後妻の楊仲華(4男3女の母)寝室、中央の祖先を祀る祖堂を夾んで、奥に写真3に示す、劉文彩寝室があります。9㎡を占める寝台室には写真で見るように金張りの龍の柱が立てられており、本室の建設には3万斤の米を費やしたといわれています。この対面の建物に長寿を願う寿堂が設けられています。他に彼の長子の劉元龍寝室などがあります。そして、西奥の院外に龍泉井という厨房用の井戸があります。

 内院を出て奥に進むと仏室の建物があり、中華民国三十七年(1948)の劉氏家族世系碑拓本などが展示され、劉氏の歴史が理解できます。この建物の左側に風水墩が設けられています。さらに奥に進むと、本来は糧食倉庫であった建物の中に、22㎡の地下室「鴉片烟庫」があります。この倉庫を出ると、後花園です。この奥にトイレがあります。後花園の前(南)の建物に展示されている「殺人覇産」「飛風穀機」を経ると、收租院(小作料を収納するところ)に至ります。ここは1965年製作の小作料収納(取立)の場面を泥塑(泥人形)114体で表現した展示がなされています。「送租」(運送)「験租」(検査)「風穀過頭」(脱穀)「算帳」(清算)「逼祖」(強制取立)「反抗」の順に展示されていて、当時の小作料収納の状況が理解できるようになっています。写真4は、その「算帳」の場面です。

 收租院を出て左手(東)に進むと、小姐院に至ります。ここは娘の居住区です。老公館中に独立して建てられています。院中の院でいわば娘の籠の鳥です。六角六面で3階建てとなっています。写真5は、この中庭からです。

 さらに進むと雇工院に出ます。本来は住房でしたが、1978年、使用人労働の様子を示す泥塑展示となりました。以上で、老公館は終わりです。なお、出口の所に販売所があります。

 老公館大門右手に荘園文物珍品館(庄園珍品書画館)の大門があります。写真6が、これです。本館は劉氏の収蔵品を展示したもので、往時の大地主の豪奢な生活状況がうかがわれます。

 第1展示室「象牙彫刻」は民国時代の収蔵品で、写真7は、十三層象牙塔です。この他、白菜に野菜などを組み合わせたものが多数あります。

 第2展示室は「瓷器・玉器・銀器」で、劉氏の日常生活用品です。この陶器の中には日本製の「豆青梅花紋六角鳴壺」があります。第3展示室は「紫檀木家具」で、太平天国の洪秀全天王府のが流れて劉氏(劉文輝)の所有になったもので、8架の椅子と4卓の肘掛けです。第4展示室は「名家書画」です。中庭にある第5展示室は「交通工具」で、写真8に見るように、奥から花轎(花嫁用輿)・乗用車(1940年代フォード)・黄包車(人力車)です。

 第6展示室は「建築木雕」です。窗欞(窓格子)などです。以上で荘園文物珍品館は終わりです。

 大邑劉氏庄園博物館(老公館)・庄園珍品書画館の間の壁に囲まれた細道を進み、左手に進むと劉氏祖居に至ります。ここは劉氏がまだ小地主であったとき、清代道光年間(19世紀前半)に創建され、増改築を重ねて、1920・30年代に現在の規模になったものです。敷地面積1300㎡、建築面積480余㎡です。門を入り進むと四合院造りの建物が見えます。これが祖居で前半部に「劉氏家族史略」展示があり、劉氏の歴史が分かるようになっています。劉文彩は大邑劉氏の始祖劉應良(1708年、安仁鎮に遷住)の7世孫宗賢の6子公贊の3子になります。奥に「祟漢堂」(祖堂)があり、写真9は祖堂の左側にある文彩の祖父劉宗賢居室です。右側には文彩の父劉文贊居室があります。

 最後の写真10は、祖居入口の天井を撮ったものです。四川西部の民居建築の特色である通風と採光をもたらす構造となっています。なお、入口を入った右側には厨房があります。以上の参観時間は1~2時間ほどです。

 安仁鎮には、先の牌坊の所を南に少し行くと、中国最大の私立博物館の建川博物館(入場料100元)があり、本博物館は中抗戦文物館系列・紅色年代系列・民族博物館系列・主題館の4系列からなり、主題館の中に“5・12”汶川大地震博物館が設置されています。また、大邑劉氏庄園から約1km余の鎮中心部には安仁老街(樹人街など)が修復整備されています。そして、庄園と老街との間にレトロな安仁鎮有軌電車(路面電車 片道10元)が走っています。なお、フォトアルバム「成都・大邑劉氏庄園」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkqGqI5uvec2dH-6Qです。

(2012.04.07)

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宿舎庭の桜―成都雑感〔121〕―

 成都も寒さが続き、ようやく先週末より暖かさが増し、ようやく春の訪れとなりました。このための花々の開花も遅れがちでした。宿舎の庭には数本の桜があり、これがようやく開花したので、この写真を4枚ほど載せます。2012年3月21・22日の両日にペンタックスK-7で撮影したものです。

 フォトアルバム「西南交大九里堤校区の春の花々」はhttps://skydrive.live.com/?cid=67ac4e09f9cd86bb&sc=photos#!/?cid=67ac4e09f9cd86bb&sc=photos&id=67AC4E09F9CD86BB!4306!cid=67AC4E09F9CD86BB&id=67AC4E09F9CD86BB!4306&sc=photosです。

(2012.03.23)

〔追記〕 宿舎近くに大きな桜の木があります。今日土曜日(24日)は青空も見え、これを撮ってみました。下の写真がこれです。右下に小さく白色や桃色に見えるのが木蓮です。これもほぼ満開状態です。なお、オリンパスXZ-1での撮影です。

(2012.03.24)

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漢旺鎮地震遺址―四川雑感〔18〕―

 徳陽市綿竹市(死者1,1098人)は、2008年5月12日の四川汶川大地震で、震源地の阿壩藏族羌族自治州汶川県(死者1,5941人)、震源断層が通った綿陽市北川羌族自治県(死者8605人)と並んで、最も被害を被った地区です。この市内で最大の被害を受けたのが市人民政府所在地の剣南鎮(銘酒剣南酒の産地)から北北西約12kmに位置する漢旺鎮です。鎮の北約30kmに震源断層が起こりました。人口約5万3千人の本鎮では、蒸気タービンの三大生産地の街(鎮人民政府所在地)が地震により犠牲者千人以上を出し、建物も甚大な被害を受け、北川県城(曲山鎮)と同様に、旧地を放棄し、新地に街を再建しました。そして、旧地はそのまま地震遺址として保存しました。記念植樹に続いて、午後はそこを見学しましたので、これを紹介します。

 写真1は、鎮人民政府の址です。門を残し建物はありません。さらに道を北に進むと、両側のビルは多くそのまま建っていますが、全て地震により壁などが崩壊・破損して、満足な建物は一つとしてありません。

 建物が切れ、原が両側に広がるところに来ます。しかし、ここは元々の原ではなく、瓦礫の山に草が生え原となった所です。ここらの建物は崩壊したことになります。その道端に15人の犠牲者を慰霊する追悼碑が建てられています。犠牲者の親族によるものでしょう。これが写真2です。昨年の地震3周年に建てられたものでしょう。もしかすると、まだ犠牲者がこの下に眠っているのかもしれません。

 写真3は、さらに進み、先の原を振り返ったところです。

 写真4は、柱の一部を除き崩壊した建物越しに北へと山寄を撮ったものです。ご覧のように、本鎮は山から綿遠河が平野部に出るところに位置しています。山が街にせまっていることがお分かりでしょう。

 最後の写真5は、「断層楼遺址」です。すなわち、四川電力金魚嘴電力工場アパートの1階が崩壊し、2階が1階にずり落ちたものです。ここには中英日韓の4か国語の説明版あります。このように遺址は案内板など見学のための整備を進めています。

 なお、フォトアルバム「記念植樹と漢旺鎮地震遺址」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpk2hO1tzSBeb6q3ngです。

(2012.03.12)

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日中国交回復40周年記念植樹―四川雑感〔17〕―

 2012年3月10日(土)、徳陽市綿竹市九龍鎮(成都市の北約80km)で、日中国交回復40周年記念植樹が行われました。正式には「中日合作四川省地震災後森林植被恢復項目“中日邦交正常化四十周年曁中国全民義務植樹運動三十一周年”記念植樹活動」と中国語で言うものです。2008年5月12日の四川汶川大地震への日本からの復興支援として、2010年から15年までの5か年間、四川省震災後森林植生復旧プロジェクト(JICA)が実施中です。この一貫として、2010年5月の起工式記念植樹(綿竹市清平郷)、2011年3月の(北川県試験施行地)に続く、3度目の記念植樹です。参加者は成都市在住の日本人、成都市の大学生、地元九龍鎮・尊道鎮の中学生などです。

 まず、開会式から始められ、省林業局・重慶総領事館などの挨拶に続き、写真1にみる、四川大学々生の挨拶で式を終わりました。四川テレビ局などの取材陣もいました。

 続いて、記念碑の除幕式をし、植樹に移りました。写真2は、植樹地の全景です。本来はプロジェクト施行地ですべきのですが、あとの写真5に見るように、急傾斜地で、安全上の問題もあるので、このような平坦地で行いました。

 写真3は、植樹をする学生たちです。。

 写真4は、植樹が終わり、地元の中学生が記念碑と共に記念写真を撮ろうとしているところです。

 最後の写真5は、綿竹市で最も被害を被った漢旺鎮(震災後、本鎮は放棄され移転しました)のプロジェクト施行地で、写真のようにすでに植林されています。本プロジェクトは地震による山崩れ地に植林をするもので、写真を見ればお分かりのように、土砂止めを水平に段々に構築して植林します。単に植林するのではなく、この土砂止め技術とそれに伴う植林法のノーハウが重要で、これらの点は従来中国側にはなく、この技術移転を実地施行(見本)でするのが本プロジェクトの目的です。なお、本鎮に関しては別途述べます。最後に、東日本大震災1周年に謹んで哀悼の意を表します。

 なお、省林業庁の記念植樹に関する記事は、http://www.scly.gov.cn/article365932.htmlです。それによると、四川大学・西南交大・成都理工大学と北川擂鼓中学のボランティ約260人が参加しました。また、フォトアルバム「記念植樹と漢旺鎮地震遺址」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpk2hO1tzSBeb6q3ngです。

(2012.03.11)

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成都に戻る

昨日(宿舎に着いたのは本日の16日0時過ぎ)成都に戻りました。成都も日本と同様にまだ寒そうです(エアコンの効きがいまひとつ)。

なお、空港では香港からの便で税関検査の長い列が出来ていましたが、成田便はX線検査なしで別の列から通過できたので、時間ロスがなかったです。

(2012.02.16)

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小机城址―歴史雑感〔11〕―

 菩提寺近くに小机城址があります。2012年2月12日(日)、快晴の中、自転車で行ってみました。本城は15世紀中頃に関東管領上杉氏の築城と伝えられ、その後廃城となり、後北条氏2代目の氏綱の代に笠原信為が城代となり、小机衆がそのもとに組織され、南武蔵における後北条氏の支城としての役割を果たしました。1590(天正18)年の後北条氏の滅亡後、廃城となりました。第三京浜道路建設に伴い、城址は東西に分断され破壊を受けましたが、現在、「小机城址市民の森」として、整備・保護されています。

 最寄り駅はJR横浜線小机駅で、下車後徒歩約15分です。駅前の横浜上麻生道を西(右)に歩き、郵便局が角の小道を北(右)に入り、横浜線の踏切を越えたところの小十字路を西(左)に歩くと、前方に第三京浜が見えますから、その脇の小道の一つ手前の小道に入り上っていくと、根古谷(市民の森入口・トイレあり)に至ります。ここに案内板があります。

 写真1は、根古谷から本丸への途上、本丸手前の土橋から東側の空堀を撮ったものです。

 写真2は、本丸で、北東角からの全景で、模擬の冠木門が立てられているところが虎口です。

 写真3は、井楼跡で、東北からの全景です。中央から右側に高くなっているところが櫓跡(土塁)です。井楼跡の北に二の丸が広がっています。

 写真4は、二の丸北側を下って、本丸への通路です。ご覧のようにここは空堀です。そして孟宗竹の竹林ともなって、竹の子掘り禁止の立て札があります。

 写真5は、おまけで、第三京浜の西側の富士仙元(富士仙元大菩薩)の南下から見た富士山です。

 「小机城址市民の森・案内図」(根古谷)は『ザ・登城』「武蔵小机城〔こづくえじょう〕」http://www.geocities.jp/woodone3831/kanntou/c-4-11-siro-KODUKUE.htmlからの転載です。

(2012.02.13)

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拙稿のファイル頒布のお知らせ

『歴史と中国』https://kanazawa45.wordpress.com/が当地よりアクセス不能状態が継続しているので、「拙稿のファイル頒布のお知らせ」(2005年8月24日付)を、その後に発表した拙稿を追加して、再度掲載します。

 現在までに発表した拙稿はすべてファイル化してあります。そこで、『政治経済史学』所収の151号(1978年)以前の拙稿に関して、(e-メールの添付ファイルとして)ファイルの頒布をすることにしました。ご希望の方は、メールアドレスをご記入の上、頒布ご希望の拙稿(下記参照)を記して本記事にコメントしてください。なお、確認次第、このコメントは削除します。

 『政治経済史学』152号(1979年)以降は国会図書館に納本されていますので、「NDL-OPAC国立国会図書館蔵書検索・申込システム」(http://opac.ndl.go.jp/index.html)の有料コピーサービスをご利用ください。

 ファイルは、Word2003(A4 36行40字)で作成してあります。

 原文は縦書きですが、ファイルは横書きとなっています。

 本文・註および系図・表はファイル化しましたが、地図はWordで作成不能のため除いてあります。なお、系図・表は原文通りの位置にあるとは限りません。

 入力は原文通りを原則としましたが、ごく一部の字がユニコードにないため、同義異体字にしています。なお、註の表示は原文の表示にかかわらず〔1〕・〔2〕という具合に統一しました。

 以下が拙稿の目録です。  

1.仁治三年正月政変について

―後嵯峨天皇即位事情に関する一考察―

政治経済史学50    1967.3  P6

2.寛元四年正月京洛政変に関する一考察

―御深草天皇践祚と関白二条良実更迭の経緯に関する一考察―

政治経済史学62,3   1968.3,4 P11

3.寛元三年段階における天象の政治的影響

―鎌倉天文・陰陽道に関する若干の提言―

政治経済史学81    1972.10  P4

4.四条天皇践祚と九条摂関家の動向に関する研究

政治経済史学84~6  1973.1,2,3 P40

5.仁治三年順徳院崩御と六月関東政変

―『吾妻鏡』仁治三年条欠文との関連において―

政治経済史学89~94  1973.6~11 P61

6.関東天文・陰陽道成立に関する一考察

―特に「和田合戦」との連関について―

政治経済史学96    1974.1  P12

7.関東における天文・陰陽道の確立について

―「承久の乱」前後―

政治経済史学99    1974.2  P10

8.『平戸記』に見えたる「六条宮」について

―「名越の変」との連関において―

政治経済史学99    1974.4  P13

9.治承寿永争乱に於ける信濃国武士団と源家棟梁

―特に「横田河原合戦」を中心として―

政治経済史学100   1974.9  P32

10.武蔵守北条時房の補任年時について

―『吾妻鏡』承元元年二月廿日条の検討―

政治経済史学102   1974.11  P6

11.北条氏執権体制下に於ける関東天文・陰陽道

―「義時政権」より「泰時政権」へ―

政治経済史学111~3  1975.8,9,10 P29

12.四条帝急崩に伴う皇継決定と関東の対応

政治経済史学119   1976.4  P9

13.筑前国宗像神社大宮司職補任と荘園領主をめぐる諸問題

―社家と本所、とりわけ三浦氏との関連に於て―

政治経済史学140,1  1978.1,2 P31

14.鎌倉幕府成立期に於ける武蔵国国衙支配をめぐる公文所寄人足立右馬允遠元の史的意義

政治経済史学156,7  1979.5,6 P18

15.治承五年閏二月源頼朝追討後白河院庁下文と「甲斐殿」源信義

―『吾妻鏡』養和元年三月七日条の検討―

政治経済史学165,227 1980.2,85.6 P18

16.治承・文治大乱に於ける佐竹源氏

―治承・寿永内乱から奥州兵乱へ―

政治経済史学176,7  1981.1,2 P19

17.丹波国和智庄をめぐる一文書に於ける北条時房の権能

政治経済史学200   1983.1  P6

18.『吾妻鏡』夏季合宿研修(Ⅰ)及び北武蔵東部「中世武士団」史蹟踏査報告

一九八三年七月下旬―

政治経済史学209   1983.12  P13

19.建久年間に於ける鎌倉幕府権力構成に関する若干の提言

―『吾妻鏡』春季合宿研修報告(Ⅱ)一九八四年三月下旬―

政治経済史学214   1984.5  P17

20.二条摂関家の成立と幕府

政治経済史学215   1984.6  P6

21.中世武士団小山・長沼・結城三氏の鎌倉期城館跡

―北関東「秀郷流太田氏族」史蹟踏査報告―

政治経済史学220   1984.11  P20

22.十三世紀初頭に於ける武蔵国国衙支配

―武蔵守北条時房補任事情―

政治経済史学221   1985.1  P14

23.関白九條兼実の公卿減員政策

―建久七年政変への道―

政治経済史学226   1985.5  P15

24.八条女院と九条兼実外孫昇子内親王

政治経済史学232   1985.9  P10

25.二俣川合戦にみたる安達氏主従

―飽間・加治・鶴見・玉村氏―

武蔵野309      1986.5  P8

26.甲斐源氏棟梁一条忠頼鎌倉営中謀殺の史的意義

―『吾妻鏡』元暦元年六月十六日条の検討―

政治経済史学272,446 1989.1,2003.10 P15

27.平家追討使三河守源範頼の九州侵攻

―「芦屋浦」合戦を中心に―

政治経済史学300   1991.6  P10

28.後深草帝に関する若干の考察

―「正元元年」譲位事情―

政治経済史学313   1992.7  P11

29.三河守源範頼の九州進駐に関する一考察

政治経済史学344   1995.2  P11

30.蒲殿源範頼三河守補任と関東御分国

―治承寿永内乱期の三河国を巡る源家諸棟梁―

政治経済史学370   1997.4  P14

31.寿永二年八月源軍諸将勧賞任国守の史的意義

政治経済史学438・9  2003.2・3 P6

32.『吾妻鏡』正治二年条歳首垸飯記事の作為(上)

―元旦沙汰人北条時政の再検討―

政治経済史学500      2008.4・5・6 P7

   なお、〔P洋数字〕はファイルの総ページ数を示します。

  

 WordファイルかPDFファイルかご希望をお書きください。

(2012.02.03)

〔追記〕 2014年1月21日から、国立国会図書館「図書館向けデジタル化資料送信サービス」が開始されます。

http://www.ndl.go.jp/jp/library/service_digi/index.html

これにより、『政治経済史学』所収論文は、国立国会図書館の承認を受けた図書館等において、送信により閲覧・複写サービスを受けることが出来るようになります。詳しくは上記のリンク(URL)で確認して下さい。

(2014.01.10)

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冬休み帰国

本日、日本に戻ります。

ANA利用で、料金の関係で1か月以内なので、

例年より短い日本滞在です。

2月15日に成都に戻る予定です。

(2012.01.16)

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自貢市塩業歴史博物館と栄海井―四川雑感〔16〕―

 前日に続き、2012年1月10日(火)午前は、自貢市は古くからの塩生産地(塩井)として知られており、そこで自貢市塩業歴史博物館と栄海井を見学しました。まず、自貢市塩業歴史博物館を紹介します。本博物館は、1959年に設立された(小平が提議して、最初の展示は1962年)、中国唯一の塩業史博物館です。市中心地区の竜尾山(「彩灯公園」)下の釜渓河畔、解放路に位置します。開館時間は9時から17時半、入場料は20元(60才以上半額、70才以上無料)です。交通は、35路の十字口站下車、自由路を下り(南)200mほどの解放路との交差点で、左(東)に解放路に道を取り、約600mです。

 写真1は、入口の建物です。実は本博物館は西秦会館(1736年〔清乾元年〕建設の陝西省籍の塩業商人による同郷会館)を補修して開設されたものです。会館は基本的に四合院造りとなっており、入口は前庁になります。

 入口を入ると中庭です。奥に後庁が見えます。後庁の左側から展示が始まります。写真2は、最初の展示で、清代の馬車提滷模型(塩水リフト運搬模型)です。奥の塩井から汲み上げた塩水(滷)を、竹管道(四川省は竹の産地)を用いて輸送・分流・配送し、写真には写っていない手前の炉(竈)へと塩水を運搬する装置です。

 写真3は、古代の煎塩竈鍋と塩井のジオラマ模型です。奥の塩井から汲み上げられた塩水を手前の竈鍋で煮詰めて塩へと精製するのです。このように、ここでの展示は古代から現代にいたる自貢市での塩井による塩製造法を模型などを用いて展示しています。

 右庁から前庁2階にかけては「中国井塩科技史」の展示室です。ここには、実際に使用された各種の工具などが展示されています。写真4はその一例で、塩井を掘削・補修する工具の一つとして打𢭐工具(サルベージ)です。

 写真5は、塩井模型で、掘削時のものです。背景の建物が後庁です。以上で、本博物館は終わりです。

 次いで栄海井です。栄海井は、1823(清道光3)年に開削が始められ、1835(道光15)年に完成した、世界最初に井深千メートルを超えた塩井です。井深1001.42mです。1940年まで黒滷(黒塩水)を自噴させていました。そして、補修を重ね方式も変えていますが、現在でも塩井から塩が生産されています。市内東北の大安区長堰塘の砕万路に面しています。開館は9時から17時半で、入場料は20元(60才以上半額、70才以上無料)です。交通は35路で栄海井站下車です。塩井が見えますからすぐ分かります。なお、35路は自貢市客運站・十字口站(自貢市塩業歴史博物館)・栄海井站(栄海井)・恐竜站(自貢恐竜博物館)となります。

 写真6は、高18.4mの水質井架(天車)と「榮海井」を示す壁です。これが本来の塩井です。杉木構造です。

 天車の奥の一段と高いところの建物が竈房です。写真7はその内部の様子です。ご覧のように湯気を上げ塩水を塩へと煮詰めています。奥に作業する人が見え、手前に精製された塩袋(20kg)が積み重ねられているように、ここの塩井は現役で生産活動を続けているのです。

 最後の写真8は、竈房を下ったところに展示している大地車(絞車)です。道光年間のもので4.5m・高2.5mです。ここには他にも塩井掘削関係の道具が展示されています。

 以上で、恐竜と塩の町として知られる自貢市行が終わり、昼のバスで成都へ戻りました。なお、フォトアルバム「自貢市塩業歴史博物館と栄海井https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkx1b_xk6IvwOm96gをご覧ください。

(2012.01.13)

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自貢恐竜博物館―四川雑感〔15〕―

 2012年正月9日(月)から10日(火)まで、成都市から東南に約200km強の所にある自貢市に行ってきました。そこで、自貢恐竜博物館を紹介します。本博物館は自貢世界地質公園(総面積56.62㎞㎡)の一角を構成するもので、1987年1月に開館されました。市中心から東北約9kmの大山鋪238号に位置し、6.6万㎡を占めます。自貢市は中国で最も恐竜化石の発掘される地で、当地発掘恐竜化石を基本として博物館は開設されました。現在、本博物館は世界三大恐竜博物館として、著名になっています。開館時間は8時半~17時半(入場は17時まで)で、入場料は42元(60才以上は22元、70才以上は無料)です。なお、日本語ガイド案内は通常時150元です。

 成都市からの交通は次の通りです。市東南の成都汽車総站(五桂橋公文站隣接)から自貢行(始発9時30分~最終17時50分。運賃79元、復路69元+保険2元。高速経由で約3時間。なお、北門汽車站発もあり)で、自貢市客運総站(丹佳大街)下車後、大街を北(ターミナルから右手に)に約200mの、市内バスの客運総站から35路(川南皮革城・恐竜館行、1元)に乗車し、恐竜站(川南の一つ前。約40分)で下車すれば、進行方向の交差点東北角奥に写真1の本博物館の游客服務中心(サービスセンター)の建物が見えます。入場券売場はセンター建物内で、入口は恐竜に模した建物の左側首部分の下です。

 入ると、丘が前にあります。これが恐竜山です。道を右にとると、左側に山に上る道があり、そこを行くと、写真2の光景が目に入ります。全体で10数体の各種の恐竜モデルを野外展示しています。ここを過ぎて下りると、恐竜遺址館(恐竜博物館)前となります。

 入館して左の室が「恐竜世界」です。写真3をご覧のように、恐竜化石の生態陳列となっています。18種類の各種の恐竜(巴山首竜・太白華陽竜・自貢四川竜・四川巨棘竜・李氏蜀竜など)がいます。すべて自貢市で発掘されたものです。写真左に見えるのは長20mの合川馬門渓竜(Mamenchisaurus hochuanesis)で、自貢市紅旗郷発掘、晩ジュラ紀(1.5億年前)のものです。

 写真4は、大山鋪発掘の中ジュラ紀(1.6億年前)の天府蛾眉竜(Omeisaurus tianfuensis)です。大きいのが長20m、小さいのが長6mの幼年恐竜です。親子を模して展示しているようです。

 「恐竜世界」を出て、中央大庁に戻り、奥に進むと「恐竜遺址」です。ここは恐竜化石埋蔵現場をそのまま保存展示したところです。写真5は、遺址最奥からの全景です。面積1500㎡、世界最大規模の埋蔵現場です。数千の化石が埋蔵されています。基本的には上から俯瞰することになりますが、写真でご覧のように、中頃に階段が設置され下に降りて、より身近で見ることが出来ます。また、代表的な化石に関しては説明版(12か所。李氏蜀竜・天府蛾眉竜・原始新鳥類・自貢四川竜など)が設けられています。

 写真6は、説明版09の太白華陽竜(Huayangosaurus taibaii)の左側肩棘化石です。

 以上で1階の展示は終わりです。2階に上り、最初の展示室が「恐竜時代的動植物」です。陸上・水中・空中・植物などの展示に分かれて、ここには自貢市以外の中国各地の化石も展示されて、恐竜の生態を示しています。また、ここからは「恐竜世界」を俯瞰できます。写真7は、空中展示にある自貢市発掘の中ジュラ紀の長頭狭鼻翼竜(Angustinaripterus longicephalus)です。

 次は隣にある「恐竜珍品」です。自貢市で発掘された恐竜化石の貴重品10数点が展示されています。写真8は、奥に展示されている中ジュラ紀の多歯霊竜(Agllisaurus multidens)で、大山鋪発掘です。最後の展示室が「恐竜再現」です。ここでは恐竜化石の生成から発掘・生態再現までを展示しています。

 最後に、本館の他に、さらに奥に地質遺址館がありますが、当日は閉館しており、見られませんでした。以上の見学時間は約1時間半あまりでした。自貢恐竜博物館の公式サイト(中国語・英語)は、http://www.zdm.cn/です。なお、フォトアムバム「自貢・自貢恐竜博物館」は、https://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngpkycTZGvRUGxbFGLwです。

(2012.01.12)

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