小田原城御用米曲輪―歴史雑感〔101〕―

2026年2月15日(日)、第10次発掘調査現場説明会が行なわれました。午前の会に参加しました。10時半から小田原市教育委員会の方が説明に当たりました。以下に発掘現場の写真をお見せします。

 写真1は、北側発掘現場を北東から撮ったものです。

 写真2は、中央が砂利敷遺構で戦国時代後期(北条氏政期)ものです。広場であったと推定されます。手前が御用米4号蔵跡(江戸時代後期)です。なお、江戸時代の遺構自体も貴重なものなので、その下の戦国時代は発掘していません。

 写真3は、奥がかわらけ廃棄土坑(戦国時代後期)で、手前が石組水路跡(同)です。

 写真4は、掘立柱建物跡(戦国時代後期)です。

 写真5は、南側発掘現場を北西から撮ったものです。中央の筋は寛永大地震(1633年)地割れです。

 写真6は、礎石建物跡(江戸時代初期)です。

 写真7は、南側から見た石組水路跡(戦国時代後期)で、屈折しながら奥まで続いていおり、場所により石組が異なります。

 写真8は、東側から見た石組水路跡です。左手前は砂利敷遺構です。

 写真9は、井戸跡(江戸時代初期・後期)です。

 最後の写真10は、説明する教育委員会の方です。

(2026.02.18)

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About kanazawa45

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
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