2023年12月16日午後、武蔵野文化協会主催の「浜離宮恩賜庭園を散策」に参加しました。承応3(1654)年に徳川家重が浜御庭池を賜わり造営を始めたのが浜離宮の起こりです。第6代将軍徳川家宣(家重嫡男)が大手門・茶屋等の改修を行ない、浜御殿と改称しました。1870(明治3)年に宮内省管轄となり、戦災により建物は全焼しました。1945(昭和20)年に東京都に移管され都立「浜離宮恩賜庭園」(特別名勝・特別史跡)として現在にいた充ています。
公園に入る前、北に隣接したカレッタ汐留(電通本社ビル)46階から浜離宮恩賜公園を俯瞰し撮ったのが、写真1です。


写真2は、大手門で、大手門橋を渡り、枡形となっています。


写真3は、入って進んだ南西角の内堀です。


写真4は、延遼舘跡地の紅葉です。


写真5は、奥に中の御門〔西〕入口へです。


写真6は、松の御茶屋から手前の潮入の池と横堀に架かる中の橋です。


写真7は、潮入の池に架かるお手伝い橋です。


写真8は、お手伝い橋の北の鷹の御茶屋です。


写真9は、小の字島から奥に中島のお茶屋を望むお手伝い橋です。


写真10は、中島から北にお手伝い橋です。奥に建つ建物は東から松の御茶屋、鷹の御茶屋、燕の御茶屋です。


写真11は、中島橋からの御茶屋です。左奥の小山は富士見山です。


写真12は、馬場跡です。


写真13は、南西角にある新銭座鴨場です。


写真14は、小の字島を挟んでお伝い橋です。


写真15は、宝永7(1710)年頃に建立された観音堂跡です。


写真16は、富士見山から見た塩入の池等です。


写真17は、富士見山です。


写真18は、潮入の池です。


写真19は、中島の御茶屋です。


写真20は、横堀の海手お伝い橋です。


写真21は、お手伝い橋からの横堀です。


写真22は、横堀水門です。


写真23は、新樋の白山から遠望するレインボーブリッジです・


写真24は、将軍お上がり場です。最後の将軍徳川慶喜が大坂城か逃げ帰った時、ここから上陸しました。


最後の写真25は、戻り大手門の手前にある三百年の松です。

(2023.12.27)