日本百名城である盛岡城の内曲輪(御城内)は盛岡城跡公園(盛岡市内丸1番37号)となっており、桜の名所でもあります。そこで、2021年4月15日(木)昼、観桜に出かけました。盛岡城は、南部利直により慶長年間(17世紀初頭)には総石垣の城としてほぼ完成し、3代藩主重直の寛永10年(1633)に完成しました。西を古北上川に接し、東に中津川の合流点に位置する花崗岩丘陵に築かれた連郭式平山城です。本丸の北側に二ノ丸・三ノ丸が配され、本丸と二ノ丸の間は空堀で仕切られ、現在は朱塗り橋(渡雲橋)が架かっていますが、当時は本丸御殿と大書院を結ぶ廊下橋が架けられていました。本丸を囲むように南から東へと腰曲輪・淡路丸・榊山曲輪が配されました。明治維新によりほとんどの建物が解体されて現在に至っていますが、石垣はよく保存されて威容を誇っています。
写真1は、三ノ丸の虎口で右奥に瓦門がありました。

写真2は、三ノ丸東側の烏帽子岩の先にあるエドヒガンを南へと撮ったものです。左下が鶴ヶ池です。

写真3は、二ノ丸車門跡です。

写真4は、二ノ丸から見下ろしたシダレ桜です。

写真5は、本丸への渡雲橋です。

写真6は、本丸から見下ろした腰曲輪東側の桜(ソメイヨシノ)です。本曲輪は桜で埋め尽くされています。

写真7は、見下ろした腰曲輪の桜ですが、桜と共に結婚記念撮影をする和装のカップルが見えています。

写真8は、腰曲輪の桜を東側へと撮ったものです。

写真9は、淡路丸の桜です。

写真10は、拡大した淡路丸の桜です。

写真11は、淡路丸を下り、本丸と二ノ丸を挟んで渡雲橋を見たものです。

写真12は、多目的広場から南への鶴ヶ池で、橋の左脇に宮沢賢治「岩手公園」碑があります。

写真13は、北側の鶴ヶ池です。

最後の写真14は、鶴ヶ池(内堀)最北で、左にあるのが時鐘です。

なお、フォト・アルバム「桜の盛岡城跡公園」はhttps://1drv.ms/u/s!AruGzfkJTqxng70OcxZDvgP7i3LfSw?e=qDqtB8です。
(2021.04.20)