観自在王院遺址―歴史雑感〔56〕―

 2020年6月25日(木)午後、平泉の観自在王院遺址(岩手県西磐井郡平泉町平泉志羅山)を訪れました。本寺院は奥州藤原氏第2代基衡の妻が建立したとされるものです。西に隣接して毛越寺があります。荒廃して水田となっていましたが、1954年(昭和29)から始まった発掘調査により、2棟の阿弥陀堂等の建物、浄土庭園の遺構が確認されました。本寺院は東西120m・南北240mの土塁で囲まれています。浄土庭園の池は舞鶴ヶ池と呼ばれ、修復整備されて、12世紀の庭園の様を見せてくれます。

 写真1は、南門跡を正面に北に本寺院跡を撮ったものです。

 写真2は、南門跡を入れて、西奥に毛越寺を捉えたものです。

 写真3は、北へと進み、舞鶴ヶ池を正面に捉えたものです。

 写真4は、舞鶴ヶ池です。手前の礎石は3間四方の伝普賢堂跡で、奥に橋が架かっているところが中島です。これから反時計回りに巡ります。

 写真5は、伝鐘楼跡です。

 写真6は、東北から中島を撮ったものです。

 写真7は、北からの中島です。手前に池に石が据えられています。

 写真8は、さらに木越の中島です。もちろんこれらの木々は修復整備に伴うものです。

 写真9は、遣水と池に注ぐ大小18個の組まれた瀧石組です。西に位置します。

 写真10は、さらに南西からの中島です。

 写真11は、ほぼ南からの中島です。

 写真12は、西土塁の車宿跡です。

 最後の写真13は、西門跡と西土塁です。

(2020.07.02)

不明 のアバター

About kanazawa45

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
カテゴリー: 日本古代・中世史 パーマリンク

コメントを残す