白河小峰城―歴史雑感〔30〕―

 2017年2月17日(金)、白河小峰城に行ってきました。本城は14世紀中期(南北時代)に結城親朝が築城したと伝えています。現在の城址は、江戸時代に入り、1627年(寛永4)に白河藩初代藩主となった丹羽長重が1632年(寛永9)まで約4年を費やし大改修したものです。本丸・竹之丸・二之丸・三之丸と梯郭式平山城となっています。本丸・竹之丸・二之丸を中心とした16万3千㎡が史跡となっています。三之丸は現JR東北本線白河駅の南まで広がっていました。城全域は約54万㎡と推定されます。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟軍が本城を拠点として新政府軍と戦い、多くの建物を焼失させました。1991年(平成3)に三重櫓、1994年(同6)に御前門を木造で復元再建しました。二之丸の南に隣接して、JR東北本線白河駅があります。なお、城山公園(白峰城)南口から入ると、西側に白河集古苑があり、「白河結城古文書館」と「阿部家名品館」からなっています。開館時間は9時~16時(月曜休館日)・入館料320円です。

 写真1は、二之丸からの本丸・竹之丸の望見です。

 写真2は、東北大震災で崩壊した竹之丸石垣の修復工事中の様子です。石垣を組み直すため、目印の札を石に付しています。

 写真3は、本丸の裏門に当たる竹之丸からの桜門への道です。

 写真4は、本丸です。奥に復元された三重櫓と御前門が見えています。

 写真5は、本丸正門の御前門です。

 写真6は、3層3階の三重櫓で手前左にはおとめ桜があります。

 最後の写真7は、三重櫓二層内部です。本櫓は「白河城御櫓絵図」と発掘調査に基づき、ご覧のように木造で忠実に復元されました。復元用材には近くの戊辰戦争激戦地の松波稲荷山の杉の木も用いられており、この中は弾痕跡のあるのもあります。

 なおフォトアルバム「白河白峰城」はhttps://1drv.ms/f/s!AruGzfkJTqxngshQlrQ16x_cq1lYyAです。

(2017.02.21)

コメント

不明 のアバター

About kanazawa45

中国に長年にわたり在住中で、現在、2001年秋より、四川省成都市の西南交通大学外国語学院日語系で、教鞭を執っています。 専門は日本中世史(鎌倉)で、歴史関係と中国関係(成都を中心に)のことを主としていきます。
カテゴリー: 日本近世・近代史 パーマリンク

コメントを残す