Hiro-sanさんからコメントをいただきました。「歴史は科学ではない」ということが、三木太郎氏一個人か扶桑社版全体のものか、また氏はそれをいかなる文脈で述べているのか、とご質問がありました。お答えは長くなるので「補論」として、本別稿にしました。
三木氏の『歩』27号2001年7月への寄稿は、「歴史は科学ではない」との表題のもとに、「つくる会の意義」・「歴史は科学ではない」・「重い戦後史家の責任」の3章立てから構成されています。
前稿(「扶桑社版歴史教科書の問題点」)の引用部分でも示した、
【北海道新聞の江尻論説委員が同紙のコラム「オピニオン」で「つくる会」の主張にかかわらせながら、「歴史は確かに自然科学とは違う。しかし、歴史は科学ではないのか」という、歴史学に対する率直で根源的な問いかけをされている一文が目についた。】
との文章に続けて、「大切な問題提起なので、実証史学の立場に立つ歴史家としての私見と、付障する問題点を述べさせて戴くことにした。」として、「歴史は科学ではない」との章を立てて、持説を述べているのです。したがって、この章は中核ともいえる章で、ここでの論証が成立しなければ、氏の論説は価値を失うのです。
そこで、前稿では省略した前段を加えて、本章の全文をまず以下に提示します。
【 江尻氏は、「つくる会」の教科書原本に「歴史は科学ではない」とあった点を重視し、検定の結果削除されたとはいえ「言葉は消えてもその考えは貫かれている」から、この教科書はやはり問題なのではないか、という観点から、上記の問を一般に投げかけられたようだが、私見では、削除した検定側にむしろ、歴史認 識の誤りがあると思われる。
ただ、中学校の教科書という対象を考慮するとき、削除の理由は認識論的な理由というより、発達段階の点で、こうした認識の問題は早すぎるとの観点からなされたと解すれぱ、それは検定側の一つの定見ともいえる。また、教科分類では、人文科学、社会科学のように、すべてが科学で括られているので、そうした概念との整合性を配慮したともとれる。
削除の理由を知らないので、その是非を論じることは控えるが、いずれにしても、当該教科書の記述に偏りがあるという結論にはならないものであろう。
科学とは元来、自然科学のことであり、法則性と反復性を要素とするが、歴史事象は、この二つの要素をともに欠いている。
つまり歴史には科学に類似する要素が全くないのだから、どのようにひいき目に見ても、科学たりえないのである。
この非科学的牲質の歴史が、ではなぜ科学とされたのか。それはマルクス史観が、歴史の本質を「階級闘争の歴史」と規定し、そこに自然科学と同様、法則性・反復性を見いだしたからにほかならない。
しかし、これが法則性というなら、経験論的に言って、歴史は「戦争の歴史」という定義もできるし、歴史は「侵略の歴史」と定義することもできる。角度を 変えれぱ、「男女の愛の歴史」「男女の相克の歴史」「悪意の歴史」「善意の歴史」「裏切りの歴史」「神と人の融合の歴史」「神と人の相克の歴史」などと括ることもできる。
それらは、歴史を貫流する抜き難い一面の現象ではあっても、それを歴史の本質・法則性だといいきれる訳のものではない。反復性にしても、それは類似性に しか過ぎず、事象は一回性、経過性で、自然科学のように実験出来るものではない。
マルクス史観は、唯物論の史的展開を絶対とみるからそうなるので、法則性の原動力として「生産と生産閲係の矛盾」を構図としても、それ自体が、実は観念論であることは言うまでもない。
したがって、歴史は科学ではないと認識するのが、歴史事象に対する、正しい対応であろう。】
以上が、「歴史は科学ではない」章の全文です。
扶桑社版歴史教科書の2001年の検定にあたって、教科書原本に「歴史は科学ではない」という記述があり、それを検定で削除されましたが、この原本の記述を問題視されたのが、北海道新聞の江尻論説委員のコラム(本来なら、コラム本文を紹介すべきなのですが、私の現在の環境では困難なのでお示しできません)で、これを読んだ三木氏が反論し、「歴史は科学ではない」との主張が教科書の根幹になるものだとされているのです。したがって、この経緯を見れば分かるように、「歴史は科学ではない」との考えは、三木氏個人のものではなく、扶桑社版自体の考えなのです。三木氏はそれを代表して、寄稿したと考えるべきなのです。また、いかなる文脈で三木氏が主張されているかも、上記の引用文をご覧になればお分かりと思います。
三木氏は、「実証史学の立場に立つ歴史家」と自身の立場を示しておられます。しかし、実証史学自体は、近代西洋の科学発展の一環として生み出されたもので、基本的には科学の一分野を占めるものです。「歴史は科学ではない」と氏がされることと、それは矛盾してはいないでしょうか。どうやら、氏は唯物史観を批判するあまり、歴史学が近代西洋で誕生したことをお忘れのようです。
最後に、科学とは何ぞやを繰り返します。現時点で分かっている事柄(既知)に立脚して、新たな事柄を見いだすことであり、同時に分からない事柄(未知)も指摘すること、これが科学なのです。当然ながら、新しい事柄は既知の積み重ねの上に生まれますから、先人の成果なしには生まれてきません。そこに、時間の積み重ね、すなわち歴史が生まれます。したがって、いかなる科学分野であろうとも、歴史抜きの研究は存在しないのです。したがって、歴史への科学性の否定は科学それ自体の否定に繋がりかねないのです。
以上から、再び扶桑社版を認めるわけにはいかないのです。
(2005.04.11)
では 競馬の予想も「科学」になってしまうと思いますが。人の心の振幅が影響するものを 「科学」でくくっていいものでしょうか?
じゃんきー!さん、コメントありがとうございます。「現時点で分かっている事柄(既知)に立脚して、新たな事柄を見いだすことであり、同時に分からない事柄(未知)も指摘すること」。もちろんこれだけでは、競馬予想も科学かと思われそうです。しかし、この段階では仮説に過ぎません。再検証・追試などを経て、初めて受け入れられることで、定説・法則・定理となっていくわけでして、この点からいうと現時点での競馬予想はこれらが欠けており、科学性の欠けるといわざるをえません。普通科学といわれるものでも、実際は仮説からなりたっているものです。
反論ではありませんが やはり「歴史」自体は科学の分野でくくるのは おかしいと思います。歴史を科学的に観ることはできます。残された資料、科学的な証拠等でね。しかしそれも推測の範囲としか思えません。>「現時点で分かっている事柄(既知)に立脚して、新たな事柄を見いだすことであり、同時に分からない事柄(未知)も指摘すること」。もちろんこれだけでは、競馬予想も科学かと思われそうです。しかし、この段階では仮説に過ぎません。再検証・追試などを経て、初めて受け入れられることで、定説・法則・定理となっていくわけでして歴史にこのような実験を行う余裕があるでしょうか?やはり競馬の予想の方がよほど科学的だと思います。